昭和40年11月30日 朝の御理解
昨日造園の方達、御造営についての造園責任の方達の集いを致しました。色々話合いをしたと云うことと同時に、こういう様な庭を造らせて頂こうと云うので久留米に二カ所、それから佐賀神崎の先の方 ミウラ 山荘の庭を見せて頂いたんです。帰って参りましてからまた色々現場で色々と設計とそれと練り合わされた。そん時あの山さんが言っておられましたですけども。
信心も例えば造園又は植木を植えると云うことも同じ事、例えて云うなら植木を植える前に必ず根切りと云うのをしとく、ね、例えば山にある雑木一本でもそのまま持ってすぐ庭に移す訳にはいかん。それではつがらん。その前に根切りをしておく。そしてそれを一年ぐらいしてそれを又その持ってきて、そしてそれもまた雨風等に災いされないようにつんばりをしてそれが。
本当に大地に根を下ろすまでは油断はできないと云う話をしておられます。信心でんずうっと根を張らなければ駄目な様にね、そこが大事だと云った様な話をしておられました。昨夜総代さん方の委員長交えての総代会がございました。やっぱり御造営の事で大変重大な、銘々の気持ちの発表会でございましたし、そういう総代会でした。丁度夕べ先生方が帰りましたのが二時半でございました。
佐田さん方が帰るのは、ちっと早かった。秋永先生と高橋さんが残りまして、今日の総代会の模様を、色々話してくれました。先生、今日本当に有難い総代さん方の何時もの総代会にない熱意が溢れておりました。今日の総代会を評しますなら、点数をつけるなら八十五点と云うところでしょうと云う様な話をしておりました。有難い。総代さん方がとやこう言うてもやっぱり椛目の総代さんだなあと。
いよいよの時にはこういう様な腹割っての話合いがでけると云うことを大変喜んどりました。委員長もそれこそ委員長も、いわば一生懸命、後には総代さんどんがおるからと云う様な気持ちでその、この事について話を進めて行くことが出来るのであり、御用頂いていくことが出来ると云うておりましたですが、そんならそういう様な素晴らしい思いのです、発表がでけましてもです。
それがあの途中で根枯れしたり倒れたりしたんじゃつまらんですからね。そん時に云うたことやら思ったことやらしらごつじゃない、ほんなこつです。そこでやはり、あの先ずひとつ根切りしとかにゃいかんね。その時分の思いに対してです、それがいよいよ成就するようなおかげを頂くためのです、ね、どんなことが風が例えば吹いても倒れんだけの、いわゆるつんばりをちゃんとこうしとかにゃいかん。
私その事を神様に御礼申し上げさして頂きよりましたら、その大きな木の根切りをしてそれを又移植して、それをつんばりをこうしておるところを頂くんですよ。木は心と云うことだろうと私は思うたんです。どんな素晴らしい大きなことを言うたって、ね、いわゆる木は心使わせます、大きな木を移植して、木ということは銘銘の心であろうと。お互い信心させて頂いておってです。
ほんとに神様に喜んでいただくようなことを思いつかせて頂いたり思うたり致します。それが段々どんなに素晴らしいことであっても、それが希薄なものに薄うなっていったら値打ちありません。それが実現しほんとに根を張っていくところまでおかげを頂かなければ、ね、私は根切りというところなんかに大変な意義のあることとこう思うんです。同時にそれにつん張りをたとえば。
風が吹いても倒れんだけの、どんなことを聞いても見ても、どんなことに出会ってもです。倒れんだけのです、ものでなければ。そして信心も、高山さんの言われるようにです、ね。根を張った信心でなければだめだといわれるように、いよいよ大地にどっかりその根を下ろしたところのおかげを頂かなければならんとこう思わせていただいたんですが、どうぞ委員長言われるところの85点のそこのところがです。
愈々実って始めて100点満点だと思うですよね。それが根が張ったときに本当の事だと私思うんです。それが結局銘銘のものになるんだ、いわゆる移植が出来るんだ。いわば小さい世界から大きな世界、一次元の世界から二次元の世界へ、ね、人間心の世界から神心の世界へと移植して心をいく事が出来るのおかげになっていくとこう思うんですね。
どうぞよろしくおかげを頂きますように。